『嫌われる勇気 ―自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)は、哲学者と青年の対話でアドラーの考え方を扱う一冊である。有名な本だが、誰にでも合う本ではない。いま深く傷ついている最中の人、具体的な言い方を探している人には合わないことが多い。鑑定は、合わない条件の側から先に始める。
この本が向かない人
窓口でいちばん多いのは、「読んでいて責められている気がした」という訴えである。この本は、悩みを過去の原因ではなく、いまの目的の側から問い直す立場を取る。その視点は、余裕のあるときには発見として働くが、深く傷ついている最中には「傷ついているのもお前の選択だ」という宣告に聞こえる時期がある。その時期に無理に読み進める必要はない。合わないのは読者の欠点ではなく、時期の問題である。
次に、職場や家庭での具体的なセリフ――角の立たない断り方、上司への返し方――を探している人にも向かない。この本が渡すのは考え方の枠組みまでで、場面ごとの言い方は載っていない。それは会話の練習の領域であり、この本の外にある。
最後に、対話形式そのものが合わない人がいる。哲学者と青年の問答は、納得を積み上げるための回り道を多く含む。結論を急ぐ読み方をすると、反発だけが残って閉じることになりやすい。
この本が向く人
合う側の条件は、症状で言えば「他人の顔色が判断基準になっている」である。頼まれると断れない、嫌われていないかを確かめずにいられない、進路や買い物まで人の評価で決めてきた自覚がある。そうした人には、人間関係の悩みを自分の課題と相手の課題に切り分ける本書の枠組みが、症状のちょうど中心に当たる。
もう一つの条件は、反論しながら読めることである。作中の青年は読者の代わりに何度も食ってかかる。その反発に自分を重ねて、納得できる所とできない所を仕分けながら読める状態なら、この本は対話の相手として機能する。素直に全部受け取ろうとするより、その読み方のほうがこの本には合っている。
扱う範囲と扱わない範囲
扱うのは、対人関係の悩みをどう捉え直すかという考え方の層である。個別の会話手順は扱わないし、実践の細かい段取りも本書の外にある。また、深い落ち込みが続いている状態や、過去の傷そのものの手当ては、読書ではなく専門機関の領域である。この本を治療の代わりにしない。
読み方の選択
対話が積み上がっていく構成のため、拾い読みには向かず、通読向きである。ただし判断のためなら最初の章だけでよい。夜の区切りで章が分かれているので、第一夜を読んだ時点で、この問答の口調と付き合えるかどうかがほぼ分かる。
一度閉じた本を読み直すかどうかは、内容ではなく自分の状態で決める。責められて聞こえた記述を思い出して、いまは距離を置いて眺められそうか。まだ痛むなら棚に置く。それもこの本との正しい付き合い方である。
似た本との違い
『完訳 7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著、キングベアー出版)は、考え方の転換よりも日々の実践に重心がある。納得より先に行動の型から入りたい人はあちらが合う。鑑定は『7つの習慣』はどんな人向けかにある。二冊は競合ではなく、症状のどの側面が効いているかで分かれる。
この本の前後に読むもの
書名ではなく症状から選び直すなら、相手のいる消耗には人間関係の疲れに効く一冊の処方箋、自分を責める癖が主訴なら自己肯定感の低さに効く一冊の処方箋が入口になる。この本に限らず「読んだのに変わらなかった」という徒労感が残っているなら、自己啓発本が意味ないと感じる理由を先に読むと、次の一冊への期待の高さを直せる。