自己肯定感の低さに対する主処方は『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる自己肯定感の教科書』(中島輝著、SBクリエイティブ)である。失敗のたびに自分を責め、この性格は一生ものだと諦めかけている人に向く。読めば前向きになれるという保証はしない。そして、落ち込みが長く続く状態は本の守備範囲ではなく、専門機関の領域である。その線引きまで含めて、一枚の処方として渡す。
症状の見立て(どんな状態を指すか)
「また私だけができていない」。雨の夜、ミクがお薬手帳の棚の前で口にしたのは、書名ではなくこの一文だった。仕事で小さな指摘を受けた日は一日中それを引きずる。SNSで同期の報告を見ては、自分の遅れを数える。褒められても「たまたまです」と打ち消す。この記事で扱うのは、そういう「自分への採点だけが辛口になる」状態である。
見立てで分けたい側面は三つある。何をしても自分に×を付けてしまう採点の癖。この性格は生まれつきで変わらない、という諦め。そして、責める声が頭の中で繰り返される反すうである。三つ目が主で夜も止まらないなら、処方は代替の側に変わる。
主処方の一冊と処方理由
この本を主処方にする理由は、症状の割れ方に対応する道具立てを持っているからである。
- 「性格だから一生変わらない」という諦めには、自己肯定感は固定した性格ではなく上下する状態だ、と述べる本書の前提が対応する。変わらない欠陥ではなく、今週弱っている状態として扱い直せる。
- 「全部だめだと一括りに責める」癖には、自己肯定感を複数の要素に分けて、どこが弱っているかを特定する枠組みが対応する。全部を直そうとせず、弱った場所だけを名指しできるようになる。
- 「今夜できることがない」という手詰まりには、日常でできる小さな手当てを並べた実践部分が対応する。大きな決心ではなく、小さい単位から始められる。
著者がカウンセラーとして多くの相談を受けてきた経験から書かれた本だが、それは処方の根拠ではない。症状の分け方と本の分け方が重なることが根拠である。
副作用(合わない人・効かない状況)
先に、効かない場合の話をする。この種の本には、読んでいる間だけ安心して、閉じると元の自分責めに戻る往復が起きやすい。読書が慰めの習慣になり、生活の場面が一つも変わらないなら、この副作用が出ている。読む量を増やすのではなく、弱っている場所を一つ書き出すほうに切り替える。
また、落ち込みが2週間以上続く、眠れない、食べられないという状態の人には、この本は効かない。効かないのは本の欠陥ではなく、範囲の外だからである。その場合は読書を止めて、心療内科・精神科や公的な相談先につながることが処方になる。枠組みの用語を覚えること自体が目的になりやすい点も、あらかじめ副作用として書いておく。
代替の二冊
- 『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)。責め癖の根が他人の評価と比較への恐れにある人向け。対話形式で、評価との距離の取り方を考える側の一冊である。
- 『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』(草薙龍瞬著、KADOKAWA)。責める考えの反すうが止まらないのが主訴の人向け。考えとの距離を扱う処方はこちらが先になる。
最初の10分の読み方
最初の10分は、自己肯定感が固定ではないと述べる前提の部分だけを読む。実践の道具は後回しでよい。読み終えたら、今日自分を責めた場面を一つ、手帳に写す。「全部だめ」ではなく「どの場所が弱っていたか」の言葉で書けたら、初日の用法は終わりである。
全部読まなくてよい条件はこうなる。前提の部分を読んで「性格の話ではなく状態の話」という置き直しが腑に落ちたら、実践部分は弱った場所に関係する箇所だけ拾えばよい。順番に全部やろうとすると、採点の癖がそのまま読書の採点に移るだけになる。
この悩みの本体はどこで扱う領域か
この記事が渡すのは見立てと一冊の入口までである。責め癖の背景を人に話しながらほどいていく作業は、カウンセリングと心の相談の領域が本体で、本はその代わりにならない。落ち込みが続く、眠れない、生活が回らないという状態は診断の領域であり、心療内科・精神科や自治体の相談窓口に返す。本の処方は、そこから戻ってきた後でも遅くない。