職場のストレスに対する主処方は『「会社がしんどい」をなくす本 いやなストレスに負けず心地よく働く処方箋』(奥田弘美著、日経BP)である。大きな事件はないのに消耗が続き、原因を名指しできない人に向く。すでに眠れない・食べられないなど体に出ているなら、順番が逆で、本より先に産業医や医療機関である。ストレスがなくなる約束はせず、名前のないしんどさに種類を与えるところまでを処方する。
症状の見立て(どんな状態を指すか)
金曜の夜10時、ミクは「事件は何もないんです」と前置きしてから話し始めた。パワハラと呼ぶほどのことは起きていない。仕事も回っている。それなのに日曜の夜から気が重く、会社にいるだけで電池が減る。辞めたいのかどうかすら分からない。この記事で扱うのは、この「原因を言えないまま消耗が続く」状態である。
原因が言えないことは、症状が軽いことを意味しない。むしろ名前がないせいで、我慢の他に選択肢が見えなくなる。見立ての第一歩は、しんどさに種類があると知ることであり、主処方はまさにそこから始まる。なお、特定の相手からの叱責やからかいが繰り返されているなら、それは名前のあるしんどさ、ハラスメントであり、読書ではなく相談と記録の領域になる。
主処方の一冊と処方理由
この本を主処方にする理由は三つの対応にある。
- 「原因を名指しできない」という側面には、職場のしんどさの正体を種類分けして見せる前半が対応する。同調圧力、緊張が抜けないこと、変化そのものの負荷。自分の消耗がどの種類かを選べるようになることが、この症状への最初の薬になる。
- 「自分だけが弱いのではないか」という不安には、働く年月の中でストレスの波は誰にも複数回訪れる、という本書の見取り図が対応する。若手の時期の消耗は若手の時期の型を持つ。個人の欠陥ではなく時期の症状として扱い直せる。
- 「今夜から何をすればいいのか」という手詰まりには、睡眠・食事・運動という体の側から整える後半が対応する。精神論ではなく、産業医として多くの働く人を診てきた著者の、体から入る順番である。
副作用(合わない人・効かない状況)
副作用の第一は、説明の納得で止まることである。しんどさの正体が言葉になると、それだけで少し楽になる。その安堵で読書が終わり、月曜の消耗が変わらないまま続く。名前を付けた後に、体の整えを一つ試すところまでが一回分の用法である。
第二に、この本の道具は主にセルフケアの側にある。しんどさの原因が職場の構造や特定の人物の言動にある場合、自分を整えるだけでは釣り合わない。個人の手当てと環境の問題を混ぜないことが、この処方の安全条件である。第三に、生活の整えをすでに実践している人には既知が多い。その場合は種類分けの前半だけで切り上げてよい。
代替の二冊
- 『反応しない練習 あらゆる悩みが消えていくブッダの超・合理的な「考え方」』(草薙龍瞬著、KADOKAWA)。職場の出来事を家まで持ち帰り、夜に再生してしまう人向け。消耗の中心が反すうにある場合の処方である。
- 『エッセンシャル思考 最少の時間で成果を最大にする』(グレッグ・マキューン著、高橋璃子訳、かんき出版)。人間関係より、断れずに引き受けて膨らんだ仕事量がしんどさの主因である人向け。引き受け方の絞り込みから入る一冊である。
最初の10分の読み方
最初の10分は、しんどさの正体を種類分けする前半だけを読む。読みながら、自分の消耗に一番近い種類を一つ選んで書き出す。二つ以上選びたくなっても、今夜は一つに絞る。種類が決まると、読み進める場所も、試す手当ても決まる。
全部読まなくてよい条件はこうである。種類分けで自分のしんどさに名前が付き、体の整えを一つ試し始めたら、残りは必要になったときに開けばよい。読了より、月曜の朝の消耗が観察できるようになることを単位にする。
この悩みの本体はどこで扱う領域か
この記事が渡すのは、しんどさの種類の見立てと一冊の入口までである。ハラスメントへの対処は社内外の相談窓口と記録が本体で、労務相談の領域になる。異動や転職の判断は仕事選びの領域である。そして、体に出ている状態、出社時に体が動かない、眠れない、食欲がないという症状は、産業医・医療機関が扱う診断の領域であり、本の出番はその後に回してよい。